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この町は、息子の父親・・すなわち私の主人の育った町で
結婚の年、まだ生家の残る、今は違う人が住むこの町を、初めて二人で訪れてみた・・・
梅田からもそう遠くない都心のはずなのに、何故か取り残されたような静かな町で
近くにできたUSJの影響もさほど受けず、白く朽ちかけた、コンクリートの古い町並みを
まっすぐ落ちる白昼の陽にさらしている・・・
春になると、残された老人たちが、季節の安い花たちを
ブロック塀の上に飾り、幸せそうに愛でている・・・
案外きれいに区画された、殺風景な四角い街路を、乾いた風と、土埃が通り抜ける・・・・・・
そんな、穏やかな町なのだ
私の母は、隣町の福島出身なので、DNAは多分私にも流れていたのだろう
初めてなのにそんな気がしなかった 何故か懐かしいデジャブを覚えた・・・
「あの頃は、もっと、活気があったんやで(笑)・・」
静けさの言い訳をするように、育った町をこよなく愛した同伴者は言っていたけれど
その頃の活気、すなわち1950、60年代の、路地を駆ける子供たちのサンダルの音・・・
お母さんたちの、華やいだお喋りの声、大輪のピースの薔薇の黄の色・・・
商店から流れるざわめきの音・・・ 秋刀魚の焼ける、香ばしい脂と炭の匂い・・・
それは、最近手に入れた、第一世紀 『暮らしの手帖』
このページを開くことで、何とリアルに、鮮やかに感じることができることか・・・
まだまだ物資に恵まれない時代 でも、人々は、あたりまえのように元気に働き、物を作り
卓袱台を囲み、ささやかな、でも温かな夕餉を楽しみ、生きる希望に輝いていた・・・
そんな時代を感じたいからか、それとも、今は亡き、その町で育った人の幼い面影を偲ぶためか・・・
3月4日、結婚記念日の今日、あの町に行きたい想いに駆られながら
暮らしの手帖を開いてみる・・・
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